過剰融資

過剰な貸付による問題

かつてサラリーマン金融の時代、顧客の支払い能力を超えた融資が横行し、その結果支払いに困った消費者が多発していきました。当時はまだ取り立て行為についての明確な法整備も出来ていなかったことから、支払いを履行できなくなった顧客に対して過酷な取り立てが繰り返され、夜逃げや自殺にまで発展していくこととなります。

そういった暴力的な取り立て行為がやがては社会問題化し、サラ金イコール暴力的で怖い存在だと悪いイメージで定着してしまったのです。

何しろ当時のサラ金の金利は今では考えられないような高金利で、上限金利は73%といったとんでもない数字だったことから、当時流行った言葉として「利子が利子を生む」として、借りたお金が一年で倍以上になることも珍しくありませんでした。当然そんな高金利で借りてしまったら支払いが出来なくなる消費者が出てきます。

そんな状況で、サラリーマン金融という名称はもはや悪いイメージがつきまとってしまい、以後復帰できる見込みもないことから、現在の名称である「消費者金融」に名称がチェンジしたわけです。

ビジネス

貸金業法改正

サラ金の時代に一番問題となったのは過酷な取り立て行為でもありますが、それ以上に問題となったのは過剰融資でした。消費者の支払い能力や信用情報、あるいは現在の借入状況などを十分調査もせずに、形式的な審査のみで無差別に過剰貸し付けで実行されていたのです。

また、当時は貸金業を始めるにしても今ほど審査が厳しくなく、誰でも簡単に始められることから、雨の日の後のタケノコのようにサラ金が乱立していたことから、顧客獲得競争が激化していたことも、こういった過剰融資の要因の一つでした。しかし、こういった方法では消費者の返済能力を超えた融資になってしまって、やがては返済が滞ってしまうことは火を見るよりも明らかでした。

そこで政府はついに重い腰をあげ、貸金業法の改正に動きます。融資をするにあたっては、消費者の資力または信用、現在の借入状況、返済計画まで一貫して調査をし、その返済能力を超えると認められる契約をしてはならないと規定しました。

同法の規定によると、貸す就け限度額は詳細に決められていませんが、通達という形式で一人に対する一社あたりの最大貸付額は50万円まで、または年収の10%に相当する額までとされたのです。これはつまり年収が300万円の場合、最大30万円までの貸し付けということです。

更にこの規定と合わせて、適切な審査をするために信用情報機関と連携して個人データを照会することも義務化しました。